中教審・質の高い教師の確保特別部会「審議のまとめ」に対するパブリックコメント(2024年6月25日)


◎【主に第1章に対して】教員の精確な勤務実態調査に基づいた審議がされていません。

 教員勤務実態調査(R4)で、前回調査(H28)より「在校等時間」が減少したことをもって働き方改革の成果としていますが、一日の在校等時間から推計した一ヶ月の平均時間外労働時間は小学校教諭で60時間、中学校教諭で65時間20分となり、上限の月45時間を依然として大きく上回っています(文科相の発表では小学校約41時間、中学校約58時間ですが)。そもそも、これには増加傾向にある持ち帰り仕事や土日の部活動指導の時間などは一切含まれていません。

 ところが、時間外労働で対処しなければならない程の膨大な仕事量自体が問題の根本であるにもかかわらず、「依然として時間外在校等時間が長い教師が多い」などと教師個人の時間意識や時間管理能力を問題視するようなレベルでの論議がされています。その背景として、今回の勤務実態調査を含め教員の勤務実態についての精確な調査や客観的な分析、教育施策に対する科学的な根拠に基づいた検証を文科省がこれまでしてこなかったことが考えられます。調査結果の表面的理解と恣意的利用により、教師個人に働き方の意識改革を迫るばかりのこれまでのやり方では、「長時間過密労働」の解消どころか教師不足や心の不調による離職や休職者の増加に一層拍車がかかることは明らかです。

 教育施策立案の主体である文科省には、改めて科学的根拠に基づく精確な勤務実態調査と第三者機関による客観的な分析を踏まえた施策の立案を早急に求めます。

◎【主に第2章に対して】学校教育の質の向上には、教員の労働環境を整備することが大前提です。

 教師は学びに関する高度専門職であり、全ての子どもたちへより良い教育を実現するために、主体的に学び続ける使命と責任が求められる存在であることに異論はありません。

 しかし、それを実現するための国、都道府県、市町村、各学校による環境整備がこれまで充分に行われてこなかったことが、現在の教師を取り巻く状況を作り出しているのではないでしょうか。そして、前項でも触れたように、教師の担っている膨大な仕事量に加えて、教育行政から矢継ぎ早に指示される資質能力の向上や意識改革など教師個人への多種多様な要求は、かえって教師の主体性を損ない、ひいては心の不調を引き起こす要因ともなっています。学校教育の質の向上のために必要な環境整備を行う主体は、あくまで教育行政であり教師個人ではありません。教師が主体的に自己研鑽に勤しみ、落ち着いて子どもたちと接することのできる環境整備に努めることが、教育行政を担う文科省の使命であり責任であると考えます。

◎【主に第3章に対して】「PDCAサイクルの構築」が最も必要なのは文科省です。

 前々項で触れたとおり、これまでの教育施策に対する科学的自己検証が不充分な点で、文科省にこそ「PDCAサイクルの構築」が必要なことは明らかです。法令違反の判例を持ち出してまで服務監督教育委員会に取組状況の「見える化」と「PDCAサイクルの構築」を強く迫る文科省の頑なな姿勢には、これまでの働き方改革の実効性がなかなか上がらないことへの焦燥感がうかがえます。

 取組の進捗度合いなどの指標によって服務監督教育委員会を競わせるやり方は、文科省にとって実に手軽で有効な手法だと考えたのでしょう。しかし、そのツケがこれまでも教育現場への有形無形の圧力となって絶え間なく降り注ぎ、管理職による勤務時間データ改竄ばかりでなく、持ち帰り仕事という「隠れ長時間過密労働」の助長という逆効果を生んでいることを、文科省はもっと冷静になって自省すべきです。

 今回、「勤務間インターバル」の導入も検討されるとのことですが、そのためには教員の意識改革や仕事のDX化といった小手先の一計ではなく、膨大な仕事の圧倒的縮減と大幅な人員増強を担保するための具体的方策を文科省が提示することの方が先でしょう。

◎【主に第4章に対して】「新たな職」の創設は、「チーム学校」に新たな分断をもたらします。

 学校の組織的・機動的マネジメント体制構築のため「新たな職」が提言されています。若手教師に対するサポート機能強化を図ることがねらいのようですが、基礎定数内での配置が想定される「新たな職」の創設は職務上の指示・命令系統の追加を意味し、多様な教育課題に対して教諭同士の連携・協働がポイントとなる文科省の謳う「チーム学校」の考えにももとるものです。

 管理職と教諭のパイプ役として想定された主幹教諭等の配置が進まない現状からもわかるように、教諭間の同僚性を廃して格付けされた上下関係は、教師の主体性を損ない民主的な学校運営に支障を来すものです。また、「新たな職」には教諭とは異なる給料表上の新たな級の創設が必要とのことですが、財政上の新たな裏付けがなければ「新たな級の創設」はその他の級の者の賃下げと直結します。

 「長時間過密労働」の解消のためには、「新たな職」の創設や教師の一時的な加配措置ではなく、義務標準法などの法令改訂により教職員定数を拡充することがどうしても必要です。

◎【主に第5章に対して】教職調整額の支給率増は、「長時間過密労働」をさらに促進します。

 「長時間過密労働」の解消のために「処遇改善」で報いるやり方は、現状の「長時間過密労働」を是認しさらに過酷な労働をこの先もずっと強制するものです。

 百歩譲って「処遇改善」で対処するとしても、給特法による教職調整額4%の根拠となった月当たり時間外勤務8時間(S28)の状況と比較し、少なくともその7~8倍の時間外勤務(R4)を余儀なくされている現状を考えれば、支給率10%程度などあり得ない数値です。そもそも、この10%の算出根拠がこの「審議のまとめ」にはどこにも示されていません。

 さらに、教師の日常業務が「どこまでが職務なのか精緻に切り分けることは困難」なことを理由に「時間外勤務命令を前提とした勤務時間管理は適さない」とする一方で、時間外在校等時間の縮減を含めたPDCAサイクルの厳格な実行による働き方改革の推進を求めるという、論理矛盾が露呈しています。それは、国立・私立学校では支払われている時間外勤務手当が、公立学校教師に支払われない理由としてあげる勤務条件・多様な課題対応・教師の裁量大のいずれも、支払われないことを説明していないという論理破綻とも通底します。さらには、「審議のまとめ」と共に出されたリーフレット「『審議のまとめ』の考え方」の裏面にあるQ&Aでは、質問に対する答えが答えになっていない内容です。「長時間過密労働」に苦しむ現職教員や教職に希望を抱く若者がこのQ&Aを読んで納得するだろうと考えたのならば、それはとんでもない認識違いです。むしろ、この「審議のまとめ」が示す提言が根拠のない「画餅」どころか、とんでもない「毒まんじゅう」であることを多くの識者はすでに指摘しています。

◎【主に「おわりに」に対して】「長時間過密労働」は強調されたイメージではなく現実そのものです。

 日本の学校教育が教員の「長時間過密労働」という犠牲の上に成り立っているとの認識に異論はありません。OECDによる「国際教員指導環境調査(TALIS 2018)」でも中学校教員の一週間当たりの仕事時間は参加48か国中最長の56時間(平均38.3時間)であり、他国に比べ事務や課外活動に多くの時間が費やされていることも特徴的です。国立教育政策研究所による「学校の役割・教職員等指導体制の海外比較研究(2017)」でも、日本以外の国(米・英・中・星・仏・独・韓)では教員の担当ではない業務の多くを日本では教員が担当している実態が明らかになりました。これら内外の知見や勤務実態調査の結果から日本の教員が「長時間過密労働」に従事している事実は明らかです。ところが、この「審議のまとめ」では「『大変な職場である』といったイメージが先行し強調されている」「大変な職場であるというイメージを払拭する」との表現にある通り、「長時間過密労働」という現実を「イメージ」の問題と捉えているふしがあります。このような「イメージ」が流布するにいたった現実を直視せず、その原因であるこれまでの教育施策への反省もなく、若者向けの「教職の魅力向上」ばかりを唱えていても、内実が変わらなければ「魅力向上」どころか「イメージの払拭」は夢想の域を出ません。

 私たちぐんま教育文化フォーラムでは、学校現場の取材を通じて複層的で多様的な教育課題が山積し、教職員の「長時間過密労働」が日増しに悪化している現実を目の当たりにしていることを最後に指摘し、良識ある文科省及び中教審の諸賢の再考を促すことを目的とした本パブリックコメントの筆を擱きます。