・県のデジタルクリエイティブ人材育成事業について
地区別教育行政懇談会でのTUMO GunmaとtsukurunTAKAJOの視察が報告されました。いずれも山本知事肝いりのデジタルクリエイティブ人材育成事業の一つですが、参加した委員からは「近未来的な学びが印象的で、居心地が良さそう」「ハード・ソフト両面での育成を念頭に、今後高い可能性を感じた」との賛辞だけでなく、「今のシステムだと興味のある子は先へ進むが、そうでない子は置いて行かれる」「頂点の育成より底上げすることや門戸を拡げることを考える方が良い」「良くも悪くも、導くのは大人なのか」との声も聞かれ、先進的な教育プログラムと高スペックのデジタル機器・豪華な設備の導入ばかりがアピールされる中、子どもたちへの視点が不充分なことや公金投入への疑義ともとれる意見がありました。高崎のGメッセに新設のTUMO Gunmanにしても、県内数カ所にあるtsukurunにしても、そこを日常的に利用できる子どもはほんの一握りであり、オンライン学習が台頭するデジタル社会とは逆行するアナログ的課題が内包されている、ともいえそうです。
視察に関する報告では、「さすがSAH指定校だけのことはある」「子どもの主体性により魅力的なプログラムが選択できる」など、県教育ビジョンと無理矢理からめて高評価しようとする発言もありました。しかし、施策に迎合するばかりの生半可な感想に終始するのではなく、デジタルに特化した県の人材育成事業と学校教育の現状との兼ね合いについて、現在tsukurunで指導にあたる担当者や学校の教員を含めて、精緻な検証を踏まえた冷静で真摯な議論がぜひ共必要です。少なくとも、TUMOを「放課後ミライ革命」と銘打つからには、県内すべての子どもたちが希望すれば放課後毎日利用できるような受益者の偏りがない施設であることが県の公共事業として最低限必要でしょう。一方、「デジタルクリエイティブ産業創出のための人材育成」の語に見られる通り、人格のある子どもを産業創出のための「材」と見なすような県の「人材観」には、私たちは断固反対です。
なお、tsukurun取材で得られた私たちの考えは「育ちと学び」No.62に詳述しました。
・SAH IGNITE 3.0について
県の教育ビジョン実現の一環として行われたSAH IGNITE 3.0の報告がありました。今回は「エージェンシーを発揮した対話的学びの実現に向けた授業づくり」に焦点を当て、SAH指定校・協力校の生徒・教員が集まりました。第一部のパネルディスカッションでは、生徒から「入試に役立つ」「成績が上がる」など主体的に学習に取り組んだ当面の効果を述べる声が散見され、生徒の思考が教員を含む現世利益的な大人の論理に強く影響されていることがうかがわれました。とはいえ、このイベントを見学をした私たちの目からも、高校生たちが他校の生徒と授業について自由に対話するという今回の体験が、普段の学校生活にはない貴重なものだったことはわかりました。
教員と生徒が同じ立場で対話するという「STダイアログ」の手法や教科学習でのグループディスカッション、協働学習、デジタルツールによる情報共有などが、生徒のエージェンシーを授業で実現するために有効として紹介されましたが、いずれも特段目新しいものではありません。むしろ、生徒のやる気を起こす工夫に悩む教員にとってはなじみ深い方法です。これらに頼らず学習をしたい生徒や学習が得意な生徒、学習をする必要があると考える生徒に対して学習の動機付けをすることは、教壇からの一方通行の講義でも比較的容易ですが、そうではない生徒をいかに学習と結びつけるかに悩む大半の教員が、主体的に学習に取り組むことの意義を多くの生徒に理解してもらうには大きな困難を抱えているという現状を、県教委はもっと深く認識すべきでしょう。
イベント中に「ここはぜひエージェンシーを発揮して!」と他の教員に発言を促す司会者の言葉に、後方の県教委事務局の席から爆笑が起きました。県教委での「エージェンシー」の定番化した扱われ様が垣間見える一方で、「主体的に学習に取り組むことが、自分や社会を良くするためのエージェンシーを発揮する深い気づきにつながる」とする県教育ビジョンには、現実と乖離した理念の先走りと社会課題の解決を個人の貢献と責任に転嫁しようとする強い意図を感じます。
(以上)
2025.8.30