◆「地に足の着かない教育談義」と現場に降り注ぐ行政の理念
毎月の教育委員会会議では、各委員が参加した行事の報告に多くの時間が割かれます。今回の会議では、4月23~24日にさいたま市で開かれた「一都九県教育委員会全委員協議会」に関する報告が各委員からありました。
各県持ち回り開催のこの協議会は、普段教育の現場にいない教育委員が知見を得るための貴重な機会です。例年の日程では、1日目の全体会で文科省から施策説明を受け、テーマ別の分科会でディスカッション。2日目は開催地周辺の博物館や史跡を視察するようです。
今回のテーマは「教育DXの推進」でした。文科省の教育DX推進室長から、子どものデジタルリテラシー育成、教員のICT活用指導力向上、教育データの利活用、生成AIの4つの観点で説明があったとのこと。そこでは「子どものデジタルリテラシー育成が不充分なため、次期学習指導要領では情報の時間を増やして抜本的な枠組みの充実を図る」ことや、「ICTの利活用において『主体的・対話的で深い学び』への活用が不充分である」といった課題が指摘されたそうです。その後の分科会では、事前に教委事務局からレクチャーや情報提供を受けた各自治体の取組を、各委員が発表し合ったようです。
しかし、実際の教育現場にいない教育委員にとっては、文科省の施策説明も教委事務局からのレクチャーも、実感の伴わないトピックにすぎないことは容易に想像がつきます。説明されるままにそれを承認し、受け売りの説明をするしかないために、会議が「地に足の着かない教育談義」で終始するのも、仕方のないことかもしれません。
ただ、現場にいないという意味では文科省の官僚や教委事務局職員も同様です。彼らが発する理念や計画が一人歩きしながら現場に雨あられのように降り注ぎ、その結果学校の窮状に一層拍車がかかっている現状こそが、案外、見過ごされている「最大の教育問題」ではないでしょうか。
そのような報告の中で、他県の委員から「(ICTがいくら便利でも)腹落ちしなきゃダメなのよね」との発言があったことが紹介されました。いくら便利なツールでも、それを扱う教員の時間が確保されず、成果のみを求められる破滅的な状況が暗示されています。教員離職者の増加や採用試験応募者の減少と併せて考えれば、行政が進める「働き方改革」が空回りし、学校が多忙を極める実態は一向に変わっていないことは明らかです。
責任を問われないように都合の良い数字を並べた「事務局作成の報告」を鵜呑みにするのではなく、教員と子どもの声に直接耳を傾け、苛烈を極める学校の実態を自らの目で確かめた上で本音の議論をすること――それこそが今、教育委員に求められているはずです。
◆再び「N-E.X.T.ハイスクール構想」について:置き去りにされる教育委員
県立高校に関する重大な話題であるにもかかわらず、今回の会議では一言も触れられず、翌日の記者会見で初めて山本知事から公表されたトピックがあります。国が進める「N-E.X.T.ハイスクール構想」の拠点校として、県立4高校を申請したという内容です。
知事は会見で「今回の申請内容は、教育委員会を中心に各学校や関係機関とともに内容をしっかり練り上げてきた」とコメントしました。
この構想については、今年2月の当コメントでも、①現場の負担増、②学校間格差の拡大、③探究万能論への疑問、④財源が構想段階、⑤国は構想を示すだけ、⑥人を材料として扱う「人材観」の6点から批判的に取りあげました。少子化と授業料無償化に伴う「公立離れ」が進む中、存続の危機にある公立高校を一気に整理すべく国が打ち出した、高校版「選択と集中」戦略とも言えます。
拠点校として4校を申請したという事実が、知事会見まで伏せなければならない内容だとは到底思えません。最大62億円の国からの支援金が期待できるとあって、知事の妙に肩に力の入った会見となったのかもしれませんが、4校の選定には当然県教委高校教育課が深く関与している筈です。それなのに、前日の県教委会議にはこの情報が一切出されなかったこの歪な状況について、教育委員の面々にはぜひ感想を求めたい気持ちです。
改めて、AIやICT活用、部活動改革、インクルーシブ教育など、国や県の施策をただ追認するだけでなく、各自の視点で「群馬県の教育をどう変えるか」について踏み込んだ政策論争を行い、施策の検証を厳しく事務方に求める姿勢を県教委各委員には強く望みます。
(以上)
2026.5.29